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9月, 2026の投稿を表示しています

BANの話と掲示板の話

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これに触れておかないわけにはいかないので触れておくけど、正直BANについてはあんまり書くような内容がない。多分当時言ってたことを繰り返すだけになると思う。 確か最初はZenyDupeのやり方が掲示板に投稿されたのがきっかけ。私のサイトにも当時掲示板が設置してあって、そこにも投稿されていました。見つけ次第消しました。 そしたら自分がBANされてた。 BANの条件であるZenyの変動ってのは、これは当時から覚えてなかったけどまあガンホーさんがそういう条件で抽出したんなら多分該当してたんだと思う。当時は二垢持ってて、ひとつは商人用のアカウントとしても使っていたのでメインとサブ間でZenyや売る用のものの受け渡しをしてたはずなので該当しててもおかしくはない。 しかし当然、受け渡しした方のアカウントのZenyを見てもらえばそちらは減ってるわけで、その履歴なりを調べてもらえれば不正取得ではないことはわかりそうなものなのですぐに解除されるんじゃないかとも思ったんですが、ガンホーさんがそんなことまで調べてくれるはずがないのだった。複垢の人それなりにいたと思うけどBAN条件にZenyの受け渡しを想定してないのおかしくない? というわけで、この件については昔から言ってる通りのことを述べる以外にはないです。特に裏も何もなし。 同じような人は多分他にもいたと思う。実際、その後何十人かが凍結解除されたみたいだけど、私はこの後にガンホーのアカウント自体を削除したので、復活したかどうかは知る由もない。 後々ギルメンに会うために復帰したけど、この件でROに対するモチベは一気に落ちて、しばらく後には私生活が忙しくなりサイトの更新もRO自体からも引退することになりました。私生活の件についてはまた話す機会があれば。 ついでなので掲示板の話を少し。 RAG.Dでは確か最初は質問掲示板だけを設置して、後々フリー掲示板を設置したはず。 掲示板を運営すると、当然ながら荒らす人が出る。BOTによるアダルトサイトの宣伝投稿もされるし、ウイルスが貼られたこともある。管理人としてこれらに対策しないとあっという間に治安が最悪になってしまう。 いくら私がヒマだからといって、さすがに掲示板に貼り付いて削除作業をしているほどヒマではない。単純な広告とかはNGワードで弾くことができるのだけれど、荒らしはそうはいかない。荒らしを見...

石田君の話

 RAG.Dの近況報告に度々登場していた石田君、よく私の空想の人物だと思われていた。が、彼は実在する人物だ。 ただ、実際の石田君はあんな人物ではなく、エピソードもほとんど創作なのでそういう意味で近況報告の石田君は空想の人物と言って良い。 今回は実在の石田君の話をしたい。 石田君は私と同じ保育園に通っていた。その頃に何度か家に遊びに行ったこともある。 私の家はさして広くもない県営団地だった。いわゆるマンモス団地というやつで、周囲には田んぼや畑しかないような場所に県営団地がドカンドカンとたくさん並び立ち、そこに団塊世代である私の親世代が子育てのためたくさん住んでいた。「団地族」なんて言葉も生まれたぐらいで当時としては珍しくもなく、当然周りの同級生たちも多くが県営団地住まいだった。 が、石田君の家は周囲では珍しい一軒家で、それなりの広さがあった。家の中にジャングルジムがあり、なぜ家の中に公園の遊具が!?と子供心にたいそう驚いたのを覚えている。 小学校に入ってからは同じクラスにならなかったためさほど付き合いは無かったのだが、中学三年生の時に同じクラスになり、そこから今に至るまで非常に長い付き合いだ。 石田君は昔から少々、いやかなりだらしのない人間だ。とにかく生活がだらしない。まず部屋が汚い。汚部屋というわけではないが、普通に散らかっている。着ている服もわりとヨレヨレだ。 石田君はなんとなく生き方全体が弛緩している。ちゃんと考えて生きているのか?と思うこともしばしばだ。社会人になってしばらくした後に唐突に会社を辞め、失業手当期間中にほぼ引きこもり状態でRO三昧していた時はこいつ大丈夫か?今氷河期ぞ?と思ったりもしたが、失業手当期間が終わる頃にはちゃんとまた働きだしたので安堵した。もっとも、その頃私は名ばかりSOHOでクソ安収入なのに毎日ROをしたりバイクで遊びにいったりな毎日だったわけで、石田君からすれば「お前だけには言われたくはない」と思うだろうし本当にその通りですすみません。 石田君のだらしないエピソードとして、以前こんなことがあった。 石田君はその頃東京某所に住んでいた。その日私は泊まりで遊びに行くと連絡しており、石田君のマンション前に着いて呼び出したが全く返事がない。電話しても全く取らない。今の時刻は夜の10時。このままここで待っていても石田君から連絡がある保...

子供の頃の宿題のこと

 子供の頃、宿題というものをやった覚えがほぼない。 日々の宿題も、夏休みの宿題もほぼやらなかった。 勉強が苦手だったから、というわけでもなく、まあ勉強は特別出来たわけでも出来なくもなかった。偏差値はいつも50よりは上だけど60とかはいかない、という位置をうろうろしてた。 でも宿題はやらない。なぜ?と言われると、「やらなくてもなんとかなるから」だったと思う。 宿題をやらないと当然怒られるわけだが、先生によって怒られて終わりの場合もあるし、後日の提出を求められることもある。怒られて終わりのケースはこれはもう勝ちだ。怒られれば済むのでやる必要がない。 後日に提出の場合も、後日も忘れるとそのままうやむやになるケースが結構ある。これも勝ちだ。やる必要がない。 しつこく求めてくる先生もいる。これはもう仕方ない。友達のを写すしかない。(やってない) 場合によっては言い訳で切り抜けられるケースもある。だから上手い言い訳を考える努力も惜しまない。上手くいった言い訳はまた次も使うことができるかもしれない。 言い訳して怒られた場合は「反省した、宿題をやろう」ではなく、「反省した、もっと上手い切り抜け方を考えよう」と思っていた。 とまあそんな具合だった。 私の妹はそんな私を見て、さっさとやれば済むのになぜやらないんだこいつはといつも疑問に思っていたようだが、私からすれば「やらない」というのが前提条件なのに「やれば済む」というのは前提条件を全く踏まえてないおかしな話だと思っていたぐらいだ。言うまでもなくおかしいのは私だ。 割と大人になってからもこの「やらなくてもいいことはやらない」癖は抜けてなくて、投稿が採用された人の一部にノベルティを発送する係を一時期やっていたことがあるのだが、発送が面倒くさくて放置してたら当たった人から電話が来たので送ってないことが発覚したことがある。発送遅延ということで謝罪して丸く収まった(?)のだが、今考えるとなかなかにキンタマがキューとなる話だ。 とまあこんな具合の完全にやばい奴だった。が、全般でやばい奴ということでもない。例えば締めきりのある仕事なんかは受けてすぐにだいたいのイメージを先方に送ってイメージをすり合わせて、その都度進捗報告して相手を安心させて、締め切り前にはだいたい仕上げておくことができた。宿題と似たタスクなのだが、これはやらないとどうしよ...